  |
| |
| ●城北埼玉の中学設置で波乱要因がまた増える2002年度入試 |
埼玉県川越市にある城北埼玉高校が来春中学校を開設するが、その募集要項の概要がこのほどあきらかにされた。それによると定員は120名で、入試は計3回に分割される(1月12日70名、1月16日40名、2月2日10名)。また、入試は4教科でおこなわれ、算国各50分100点、理社各30分50点となる。城北埼玉は、1980年に板橋区にある城北中高の兄弟校として開学した学校だが、当初より進学校としてのスタンスを明確にしていた。そのため歴史の浅さにもかかわらず早くから、埼玉私学のトップレベルに位置づけられてきた。今春も、東大2をはじめ国公立大学に70、早慶上智に85、東京理科大に84の合格を出している。ところが、進学校としては後発の栄東などに猛追されていることも事実だ。たとえば、栄東の今春の大学合格実績は、国公立は30ながら東大には4、早慶上智には108、東京理科大に33で、しかも、現役合格率も城北埼玉よりもかなり高い。現役だけを比較すると、東京理科大でみても、城北埼玉25、栄東23といった具合だ。早慶上智になると、城北埼玉23、栄東86となってしまう。こうした質のちがいがどこからくるのかというと、それは中高一貫教育かどうかにあることはあきらかである。少なくとも、城北埼玉ではそう考えたはずだ。しかも、来年から新学習指導要領が本格実施される。そうなると、高校だけの3ヶ年で成果を出すのはもっと困難になる。その意味では、学園の命運を賭けた中学入試への参入だといってよい。
さて、問題は城北埼玉の参入が、中学入試全体に及ぼす影響である。ここ数年、千葉、埼玉では、私学の中学開設がつづいてきた。それらは、1月入試そのものを爆発的に活気づけ、1月入試の位置づけさえ変えるところとなっている。わかりやすくいうと、1月中に進学候補先の合格を手にすることが可能になり、そのことが2月入試できわめて強気な受け方をするベクトルを生んだ。こうして、いわゆるチャレンジ型の併願ラインが急増したのである。城北埼玉の参入は、これに拍車をかけることになろう。つまり、2月の上位校受験はますますきつくなるといってよい。
ただし、城北埼玉それ自体の受験は第1回目がポイントだ。ここが最も合格しやすいと予想できる。だから、ここで不合格になると苦しい。たとえば、今春の獨協埼玉の場合と同じように2回目、3回目の実質倍率がはねあがってしまうと、1回目の不合格者はほとんど門前払いに近い状態になってしまう。そうなるかどうかは、城北埼玉がどのような延納制度を設けるかにかかっているだろう。
さて、来春の中学入試ではすでに大きな変動が予想されている。男子では早稲田の入試分割の影響がどう出るか、女子では早実の参入が他の学校に与える影響はどうか、学習指導要領最低基準論に国立各校がどう対応するか等々波乱要因が多い。さらには、どうやら明大明治も入試を分割するらしい。2月2日に90名、2月5日に60名の募集とするようだ。この件については、今年2月の中学入試セミナーで「明大明治や学習院の動向にも注目すべき」とコメントしたことがあった。ひとつの学校の入試要綱の変更がまわりをまきこむ好例であろう。男子上位校は大変動する。城北埼玉の参入は、それをさらにあおるような波乱要因になる。
なお、東京都私学行政課は、私学からのヒヤリングを通じて、「当面の6日制」に理解を示したとされ、そのことは非公式ながら、私立と公立の「格差」を容認したことにもなる。これで、名実ともに私学優位の環境が整備されたことになる。その風が入試全体をどう揺さぶっていくのか。ちなみに、四谷大塚が実施する合不合判定テスト6月分の集計結果をみるかぎり、新指導要領の追い風はより強く進学校に吹いている。 |
| |
| ●生き残りをかけた公立高校の「競争」が埼玉でも本格化 |
| 埼玉県教育局は、県立高校生の学力を向上させるために、授業改善や学習到達目標を示すなどの取り組みを行う実践推進校11校を委嘱した、との新聞報道があった。その11校は表のとおりである。 |
 |
学区的な分布でみると、第一学区南部3校、第一学区北部0校、第二学区東部2校、第二学区中部0校、第二学区西部0校、第三学区0校、第四学区0校、第五学区0校、第七学区2校、第八学区南部2校、第八学区北部1校となっており、県東部から8校、県中部から3校、県西部から0校いった具合の「東高西低」である。また、春日部、妻沼と羽生実業を除いては東京に隣接しているエリアにあるといってもよく、その意味では「南高北低」である。こうした分布的な偏在はなぜ起こったのかというと、県教育局が各学校に自薦させたからである。単純にいうと、この11校はすすんで名乗りをあげた。
とはいえ、この11校の教員の負担は大きい。まず、シラバスを作成して公表しなければならない。時間割も65分か90分で組まねばならず、組むのもたいへんだが、その教案づくりもゼロからやらねばならない。こうした負担増につながることを、なぜこの11校はすすんでひきうけたのか。背後には、学校再編があるだろう。県立高校の統廃合である。これは、他の都道府県でもすでに着手されており、なにも埼玉だけが異例ということではない。が、生き残りをかけて自薦させる方式はめずらしい。だが、そうであるならば、残りの150校が事実上、県教育局の呼びかけを「黙殺」したのはどういうわけであろう。察するにこの11校は、本気で学力向上をめざそうとしているか、教育局とのつながりが強いかのいずれかなのである。では、残り150校はといえば、改革の着手に意欲がないか、教育局の方針に不賛成か、教育局に与しない改革を進めようとしているかのいずれかだということになる。ともあれ、行政主導の統廃合の過程があきらかになりつつある。そして、各高校は、このような「生き残り競争」にからめとられつつある。 |
| |
●通塾率低下と学習意欲低下の関係を暗示した
藤沢市教育文化センターの調査結果 |
藤沢市教育文化センターでは、1965年以来5年ごとに市内の中学3年生を対象にした学習意識調査を行ってきたが、このほど昨年度分の調査結果をまとめた。過去35年におよぶ定点観測となっており、貴重な調査である。それによると通塾率のピークは1995年の71%で、2000年は66%であった。5年間で5ポイント低下した。一方、学校外で2時間以上学習する生徒の割合は、1975年の29%がピークで2000年には14%までおちこんだ。逆に、ほとんど勉強しない生徒は、1975年の2%から12%に増えている。また、「もっとたくさん勉強したい」という学習意欲をもつ生徒は、1965年には65%もいたが、昨年は23%しかいなかった。
これらの指標のうちもっとも重視されるべきは、ほとんど勉強しない生徒の急増ぶりである。中3の6月の調査である。少なくともその状況に危機感をもつのであれば、何とかしようとする。てっとりばやいのは塾に入れることである。そうすれば塾に通う日くらいは2時間程度勉強する。通塾率の低下という問題は、実はこういう学習意欲のない子を直撃するのだ。逆に「もっと勉強したい」という生徒が、まだ23%もいるというのは驚異的である。1965年にはまだ学習塾が少なかった。それが増えると通塾率は上昇した。そこで夜遅くまで勉強するようになると、それ以上にやりたいと思う生徒は激減するはずである。ほんとうに自立していて、外部の支援を必要としない生徒はいまも塾を必要としていない。よって、そこでは通塾率低下の弊害はほとんどないといってよい。やはり、家にいても自分からは何もしようとしない生徒に影響は大きいといえる。
通塾率の低下は、埼玉でも報告されている。これは毎年5月1に県教育局が行っているもので、公立の小中学校生が対象。それによると、小学生の平均は23.8%で、前年比0.3ポイント増。これに対し、中学生の平均は48.5%で前年比1.8ポイントの減だが、注目すべきは藤沢の場合と同じ中3で、55.1%と前年比で5.5ポイントも落ちこんだことだ。中3といえば、高校入試という外部圧力を介して中学校全範囲の総復習をする学年だ。当事者の意識としては、受験があるから勉強しなければならないということなのだが、社会制度的にみれば、そのようにして中学校の内容を理解定着させればこそ、高校の教育課程への準備がととのうという側面をもっている。では、残り45%の生徒は家庭学習を自力でしているかといえば、常識的にそれはありえない。「何もせず予備軍」が半数にのぼるとしても過言ではなかろう。
こうした背景の最大のものは、受験圧力の低下であろう。不況もあるし、遠景には「ゆとり教育」もある。しかし、受験圧力の低下で通塾率を低下させたというのは、当事者ながら学習塾にもおおいに責任があるといってよい。これまで塾は受験によりかかりすぎて、勉強することの本質をうったえずにすませてきたきらいがある。反省すべきである。
しかし、にもかかわらず、懸念せざるをえないのは新指導要領のことである。たとえば、地理は日本も世界も2〜3の地域しか教科書に載らなくなる。47都道府県の名前と位置も教えられない内容なのだ。それをどこでだれがおぎなううのか。あるいは、47都道府県など「生きる力」になんの関係もないというのか。そういうことを考えると、家で何もしない生徒の急増は不安でならない。 |
| |
| ●「古き良き都立」の伝統をひきつぐ私立難関中高のいま |
産経新聞夕刊に「心のあしあと」というコラムがあって、フェリスの院長である小塩節氏が連載をつづけている。小塩氏はドイツ文学の研究者であるが、大学院時代に日比谷高校で講師としてドイツ語を教えていたことがある。小塩氏は、6月25日の夕刊にそのときのことを書いている。そこからすこし引用してみる。「第一日目から、互いにおおいに盛り上がった。ドイツ語について彼らはまったく何も知らない。その白紙にふとくて濃い文字を刻みつけていくようにして時が進む。熱く灼けた砂がじゅんと音を立てて水を吸いこむように、すべてを受け取ってくれる。こういう授業は、異質な文化の扉を開ける鍵を手に入れる共同作業である。/いわゆる受験校かと思いきや、受験勉強を全然していないのにも驚いた。あるクラスはマージャンばかりやっていて、全員浪人した。次の年、全員が東大に入った。学校群より前の、古き良き時代だった。五年教えて大学院博士課程修了とともに辞めたとき、講堂で学校あげて送別会をしてくれた」。
サンデー毎日特別増刊(6月16日発行)に私立中学・高校トップ座談会という企画が掲載された。この座談会の出席者は、頴明館の久保田校長(兼大学通信顧問)、麻布の安東校務主任、駒場東邦の工藤校長、日本女子大附属の久保校長、渋谷学園の田村校長である。この席で、麻布の安東主任は次のように発言している。「ただ一つ言えることは、大学受験のことばかり考えていては、おそらく失敗するでしょう。私学で進学実績のよい学校は、かつての都立高校もそうでしたが、クラブ活動や行事も大変盛んで、生徒はそれを誇りにしています。そこで得られた何かが個人を成長させ、受験へのエネルギーを生むのだと思います」。こうして麻布のやり方が、かつての都立流であることを明言した。そして、麻布の生徒が大学受験のことばかり考えているわけではないことを強調した。だが、この発言に延長線上にあるのは、だから「学校5日制は困る」という考え方なのである。そのことは、駒場東邦の工藤校長もふれている。「学校5日制について申し上げるなら、生徒の通学範囲が結構広いんですね。成長の段階にある中等教育で、単に机に座って勉強するという以上に大切なのは、クラブ活動を中心として体を動かすことです。そういった時間を確保するのが、なかなか難しい。その一点をとっても、すぐに学校5日制にするというわけにはいきません」。
これらの言論から読みとれるのは、かつての都立高の生徒は勉強ばかりしていたわけではないが、大学にはどんどん受かった。それは、クラブ活動や行事やマージャンを、やるときには徹底してやったからである。そこから生まれた何か(おそらく、集中力とか連帯意識とか挫折感とかいったもろもろのもの)が個人のパワーとなって、大学受験を根底で支える土台をつくったのであり、それがなければ大輪は咲かない。学校5日制の根本問題は、その土台づくりの過程を破壊させてしまいかねないというおおきな問題提起なのである。
余談ながら、日本女子大附属の久保校長は、学校のホームページに「校長ダイアリー」を公開しており、それを読むと、この座談会が4月24日行われたことがわかる。ついでながら、日本女子大附属は「生徒の自治会」を組織している。座談会で久保校長自らの言及はなかったが、そうした自治会活動も「古き良き都立」を支えた活動のひとつであったことは銘記されてよいと思う。 |